日本のAIガバナンス体制は、互いに連動する二つの仕組みによって動いている。内閣に置かれた「AI戦略本部」という機関と、「AI基本計画」という政策文書である。どちらも何かを規制する存在ではない。両者はいずれもAI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律、令和7年法律第53号)によって設けられたものであり、日本政府が国としてのAI政策の方向性を定め、各省庁を調整し、どこに関心と予算を振り向けるかを決めるための機構となっている。この仕組みが何をし、何をしないのかを理解することは、日本のAIガバナンスをめぐるあらゆる議論を正しく読み解くための前提条件である。

法律に基づき設置された内閣の機関であり、新たな規制当局ではない

AI戦略本部(人工知能戦略本部)は、AI推進法第19条に基づき、同法の組織関連規定が施行された2025年9月1日に内閣に設置された。本部長は内閣総理大臣が務める。内閣官房長官とAI戦略担当大臣が副本部長を務め、その他すべての国務大臣が本部員となる。これは、デジタル分野やサイバーセキュリティ分野の戦略本部など、日本が省庁横断の重要課題に取り組む際に用いてきたのと同じ組織形態である。すなわち、専属の事務局や独自予算を持たない機関でありながら、その決定に基づいて実際に動く必要のある大臣全員がその場に集い、あるいは実務上は書面で決定に名を連ねるという事実そのものから権限が生まれる仕組みである。

日常的な実務は、内閣府の科学技術・イノベーション推進事務局内に置かれた事務局機能が担っている。AI戦略本部は、設置から2026年7月までの間に5回開催されている。すなわち、2025年9月12日の発足会合、2025年11月21日の持ち回り開催(大臣が一堂に会さず書面で決定する正式な意思決定手続き)、第一次AI基本計画の閣議決定直前にその案を固めた2025年12月19日の対面会合、2026年6月19日の持ち回り開催、そして第二次計画の閣議決定の直前に開かれた2026年7月10日の対面会合である。この開催パターンは、本部が本来担う役割と整合的である。計画の策定や重要な決定を承認する必要があるときには正式に会合を開き、その合間の日常的な業務は書面で処理しているのである。

AI戦略本部が実際に担っている役割

AI推進法第18条が本部に与えている中心的な法定任務はただ一つ、AI基本計画を策定し、必要に応じて改定することである。それ以外の機能は、あくまで調整にとどまる。本部は、内閣総理大臣が任命する外部有識者や研究者からなる専門調査会を設置し、政策の原案を検討させることができる。日本には、この種の有識者による関与についてすでに先例がある。法律に基づかない任意の会議体であるAI戦略会議は、2023年5月から2025年6月までの間に14回開催され、最終的にAI推進法の制定につながる政策論議に助言を提供してきた。法定機関である本部も、同様の有識者プロセスを活用しており、その一例が、2026年7月に本部が計画を確定させる会合を開く前、2026年6月頃に第二次AI基本計画の改定案を公表したAI有識者会議である。

計画が確定した後、本部の役割はモニタリングへと移る。各省庁における実施状況を追跡し、達成すべき指標を設定し、それに対する進捗を検証するのである。本部が持たないのは、拘束力のあるルールを発出する権限、民間事業者に義務を課す権限、そして何かを執行する権限である。本部は各省庁や既存の規制当局の上位に位置づけられるのであって、それらと競合する執行機関として並び立つわけではない。個人情報保護委員会は引き続き個人情報保護法を執行し、金融庁は引き続き自らの手段を用いて金融機関を監督する。各業種の規制当局もそれぞれの権限を保持したままである。本部が行うのは、政府としての関心の方向づけと、政府自身のアジェンダの調整であって、既存の規制当局がすでに担っている義務の上に、新たに執行可能な義務の層を積み重ねるものではない。

AI基本計画の策定と改定のプロセス

AI基本計画の策定プロセスは、一貫したパターンをたどる。まず有識者会議または専門調査会が議論のたたき台となる案を作成し、これを本部事務局が正式な案へと練り上げ、その案についてパブリックコメントを募集し、最終的に本部が計画を決定した上で、閣議決定によって効力を持たせるという流れである。内閣府は、この計画を数年間固定するのではなく、技術の進展や国際情勢の変化に遅れずについていけるよう、おおむね年1回、場合によってはそれより短い周期で改定していく方針を示しており、第一次計画と第二次計画の間隔が半年程度にとどまったことも、この方針を裏づけている。

第一次AI基本計画(人工知能基本計画)は、本部の初会合から約14週間後にあたる2025年12月23日に閣議決定された。第二次計画はこれに続き、同年6月と7月の本部会合を経て2026年7月14日に決定されている。いずれもAI推進法第18条第1項に基づくものであり、同項は、同法が定める基本理念に沿って、AIの研究開発及び活用を推進するための中長期的な施策を政府が定めることを求めている。

第一次計画 詳細ではなく方向性を示すもの

第一次AI基本計画には「信頼できるAIによる日本の復活」という副題が付され、政府の掲げる最大の目標として「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」を日本が目指すことが打ち出された。施策は、三つの横断的な原則、すなわちイノベーションの推進とリスクへの対応の両立、機動的かつ柔軟な情勢対応、国内政策と国際政策の一体的な推進、そして四つの実質的な柱、すなわちAIの社会実装の加速、日本のAI開発力の戦略的強化、AIシステムの信頼性向上、AI技術の統合による社会変革の継続を軸に整理されている。

ルールブックではなく戦略文書であるという性格にふさわしく、計画は自らが解決しようとする課題について率直である。日本がAIへの投資、事業化、人材の厚みにおいて他の主要経済国に後れを取っている現状を隠さずに認めた上で、政府が日本にすでに比較優位があると判断する分野、すなわち製造業、通信をはじめとするインフラ、コンテンツ産業、金融、宇宙、海洋、そして農林水産業を、AIによる変革と新たなビジネスモデル創出の重点分野として挙げている。これらはいずれも、該当分野のいかなる企業に対しても法的義務を生じさせるものではない。あくまで、計画期間中に各省庁が施策や補助金、調整の努力をどこに振り向けるべきかを示すシグナルにすぎない。

第二次計画 半年間で何が変わったか

2026年7月の改定版は、法的根拠と基本的な構成は維持しつつも、いくつかの具体的な方向で重点を移している。これらは、改定に関する報道の多くが一致して指摘した点である。

  • サイバーセキュリティ。改定計画は、能力を高め続けるAIシステムがもたらすリスクの増大を踏まえ、AIを悪用したサイバー攻撃への対処能力を大幅に強化することを求めている。あわせて、2024年2月から情報処理推進機構(IPA)内で活動してきたAIセーフティ・インスティテュートの機能拡充を含め、この分野における各国政府やAI開発企業との連携を深めることも掲げている。
  • 生成コンテンツと偽情報。AIを悪用した誤情報・偽情報への対策として、AI生成コンテンツを検知する技術への支援を新たに盛り込んでいる。
  • AIソブリンティとエージェンティックAI。計画は、特定のベンダーや国への過度な依存を避けるオープンなアプローチでAIソブリンティを追求しつつ、エージェンティックAI技術の実装を加速させることを求めるとともに、日本固有の課題に対応する国内でのAI開発を後押しするとしている。
  • 国際的な立ち位置。G7広島AIプロセスを通じて日本が築いてきた外交的な基盤の上に立ち、国際的なAIガバナンスにおいて日本がより大きな役割を果たすことを位置づけている。
  • 法制度の見直しを継続するというコミットメント。複数の報道機関が伝えたところによれば、改定計画には、リスクへより効果的に対応できるよう、AI推進法そのものを含む日本のAI関連法制度を政府が積極的かつ継続的に見直していくとの文言が新たに加えられている。これは、将来的に日本が同法を強化し、人々の権利を侵害する行為に対する罰則を盛り込む可能性を排除しないものと読むのが妥当だろう。ただし、これが何を意味するのかは正確に理解する必要がある。あくまで法律を見直し続けるという計画レベルのコミットメントであって、法律そのものの改正ではない。この改定の時点においても、AI推進法は罰則も禁止規定も義務的な適合性評価も伴わない、促進型の法律のままである。

二つの計画を合わせて読むと、AI基本計画はまさに国家戦略文書としての本来の役割を果たしていることが分かる。第一次計画は方向性を定め、重点分野を指定した。第二次計画は、より能力の高いAIシステムに伴うサイバーセキュリティや偽情報のリスクを最も分かりやすい例として、その方向性を情勢に応じて調整した。しかし、その過程でいかなるものの法的地位も変わってはいない。

企業・組織にとっての実務上の意味

日本のAI政策によって自社が実際に何をしなければならないのかを見極めようとする組織にとって、AI戦略本部とAI基本計画はコンプライアンス上の対応範囲の外にある存在である。両者はあくまで計画立案と調整のための手段であり、日本政府が今後どこに優先順位を置き、どこに予算を投じ、将来的にどこを規制する可能性があるかを示すものであって、現時点で何を義務づけられているかを示すものではない。ここから、実務上三つの結論が導かれる。

第一に、第一次・第二次のいずれのAI基本計画も、執行可能な義務を生じさせるものではない。両計画は、事業者に対して登録や情報開示、試験、適合性評価といった要件を課してはいない。両計画が実施の枠組みとするAI推進法自体も、事業者に向けた唯一の義務が、政府のAI関連施策に協力するよう努めるという拘束力のない第7条の努力義務にとどまる、枠組み法であり続けている。

第二に、日本国内でAIを利用または開発する組織を実際に拘束しているのは、この新たなAI専用の法制度ではなく、AIに適用される既存の法律である。個人情報保護委員会が執行する個人情報保護法は、AIシステムで利用または生成される個人データを規律する。著作権法第30条の4は、AIの学習目的での著作物の利用を規律する。金融分野における金融庁をはじめとする各業種の規制当局は、それぞれの監督権限を保持しており、医療や製造業など規制対象となる分野の組織は、AI基本計画を業界ルールの根拠として扱うのではなく、該当する業種の規制当局に直接確認して自社の義務を把握すべきである。

第三に、AI基本計画はルールブックとしてではなく、早期警戒システムとして読む価値がある。計画が挙げる重点分野は、次に政府の予算や実証事業、規制当局の関心がどこに集中するかを示している。AI推進法を継続的に見直していくという方針は、2026年7月の改定でも繰り返され、より明確に打ち出されており、現時点で罰則を伴わない日本のAI関連法が、将来の改定で執行力を備える可能性を示す、現時点で最も明確なシグナルである。日本のAI分野で事業を行う組織は、経済産業省と総務省が共同で策定した非拘束的な枠組みであり現行バージョン1.2にあるAI事業者ガイドラインを、当面の実務上の注意基準として扱うべきである。そして、それぞれのAI基本計画の改定を注視し、この基準やその土台にあるAI推進法が、将来どのように執行可能な仕組みへと硬化していく兆しがあるかを見極めていく必要がある。

一次情報源

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